廣島スタイロ

おとぎばなし白

STLABハニ ユウスケ店主No. 27

ここまで食に対するアプローチが斬新な人は初めて見た。STLAB(ストラボ)は料理を作るが、根本から創る。やきそばを作るために、麺もウスターソースも作る。クリームソーダを作るため、生のメロンからメロンソーダを作る(!)。料理を作るというより、ほとんど“作ってみた”の感覚。地元の食材を使い、自分の手でモノを創ることへの偏執的なこだわりを見せる。そしてトライブ、ガラパゴス、パラレルワールド、ケンカ、世界線……と口を突いて出る食堂とは思えない言葉の数々。原始とファンタジーのラボラトリー、はたしてそのお味は?

もっとガラパゴス化を突き詰めていきたい

僕の原風景は……おばあちゃんの家が倉橋島にあるんですけど、子供の頃よくそこに遊びに行ってたんです。そこは限界集落で一緒に遊ぶ子供もいなくて。だから鬼を架空で想定して、自分はひたすら逃げるだけっていう“ひとり鬼ごっこ”とかやってました(笑)。

そのおばあちゃんの家のそばには防波堤があって、陽に灼けたしなびた色味が印象的だったんです。防波堤の先には岩場があって、その防波堤が“まち”と自然の境界線になってて。そのあやふやな感じというか、どこまでが現実でどこまでが非現実かわからない感じが好きだったんですよね。その防波堤の色に名前を付けるとすれば……“おとぎばなし白”。その白は純白ではなく、いわばキャンバス的な白であり、その白の中にいろんな色が混ざっているんです。

モノを作るのは小さい頃から好きでした。

憶えてるのは小学校低学年のとき、母が苺ジュースを作ってくれたこと。それは苺に砂糖とミルクをかけて潰しただけのシンプルなものだったけど、友達が家に遊びに来たとき冷蔵庫を開けたら苺があって、母はいなくて。そのときその苺ジュースを作ってあげたらすごく喜んでくれたんです。それが自分の料理で他人が喜んでくれた最初の思い出です。

だから僕は料理が好きなのか、人が喜んでくれるから料理が好きなのか、曖昧ではあるんです。ただ、モノづくりはなんでも好きで。小学校の頃は小刀で竹を削って弓を作ったり、友達集めてホームビデオで10分くらいの映画を撮ったり、いろんなモノを創ってました。

創るのはモノだけじゃなく遊びも一緒。大学の頃は仲間を集めてオリジナルの遊びをやったりしてましたね。

僕は性格がひねくれてるというか、どうしても裏を行きたくなるタイプなんでしょう。既成のものをそのまま使うのが好きじゃない。こういう性格に育った背景には家庭環境もあると思います。父がアンプが趣味で家でハンダをいじってたり、祖父母が農業をやってたので家に工具が転がってたり。何か作ろうと思えばすぐに作れる環境にいたんです。

あと、ひとりっ子というのも大きいです。ひとりで遊ぶ時間が多いから、自然と自分ルールや自分のやり方で楽しむようになって。今もひとりでいる時間の方がラクですけど、その一方で大勢でいることも好きで。どこかひとりでいる淋しさを、誰かを喜ばせることで補おうとしてるのかもしれません。


大学卒業後しばらくふらふらしてましたが、やはり飲食の道に進むことに決めました。STLABは2014年オープン。実はこの店にはテーマがあるんです。それが“トライブ=少数部族”。僕的な少数部族の定義は「他と交渉を持たず、自分たちの生活圏で食材を調達して、それを調理する。すべてが地域内で完結している」ということ。だからSTLABで使う生鮮食品は全部ローカルで仕入れてるし、市販の調味料は使っていません。ただ、お酒や粉物など昔から流通しているものに関してはOK。そういうルールで動いてるから、自然と面白いものができるんです。

たとえばウチはコーラも自前で作ります。コーラはもともとコーラの実を使って薬として売られてたんです。それを飲みやすくするため、フルーツやスパイスを入れて今のコーラができあがったという経緯があって。STLABが作るのは原始のコーラ。旬のカボス、スダチ、シトラスを煮立てて、スパイスの調合も変えるので、毎回味が違います。

そう、うちの料理は毎回味が変わるんです。素材や季節が変わると味が変わるのは当たり前、。すべてをイチから作るので分量も変わるし。むしろそれを狙ってるというか、これまでと違う世界線のものができることを期待してるんです。だって最初に醤油を作った人も“醤油”を作ろうとしたわけじゃなく、いろいろ調理した結果、醤油の原型ができて、それをブラッシュアップして今の醤油ができたわけですよね。その進化の過程をもう一度たどりたいというか、既存のものから少し外れた“パラレルワールドの料理”を作るという感覚で臨んでいます。

だからSTLABは“LAB=ラボ=実験場”なんです。立地を含めて街の中心から離れてるし、飲食業界のメインストリームとはまったく違った方向に進んでいきたいと思ってます。

トライブとは別に僕の中のイメージとしてあるのが“ストリート”。たとえば日本料理を空手、フランス料理をボクシング、イタリア料理をプロレス……と料理を格闘技にたとえると、僕が目指してるのはケンカなんです。みんな正統派のファイトスタイルを持ってるのに、僕だけ自己流の戦い方をしている。ただ、そのケンカは勝手にやってるように見えて、実は古武術がベースになってて。僕はマンガの『グラップラー刃牙』が好きなんですけど、まさに刃牙の世界というか(笑)。そういうアウトサイダーが大きなものに立ち向かうストーリーが好きなんです。

そう考えるとSTLABは料理店というより、僕の頭の中のストーリーを現実化してる場所と言えるかもしれません。僕は映画もマンガも大好きで、松本大洋『GOGOモンスター』や井上雅彦『バガボンド』が好きなんですけど、そうした作品を実写化する感覚で、自分の妄想を現実化してるのがSTLABなのかもしれません。

よく想像します。世界のどこかにSTLABというトライブがあって、僕はその代弁者で、トライブには料理担当、工作担当などいろんな人がいて、自分が旅をするのは見聞を拡げて情報を持ち帰って、村の材料でまた新しいものを作るためで……実際に店をやってるのは僕ひとりなんですけど、頭の中にはそういう設定があるんです。自分の生き方を物語的な視点で見て楽しむ――STLABはそんな僕なりの楽しみ方を実践してる場かもしれないですね。

だからSTLABは料理だけでなく、椅子や棚、照明も自作です。作れそうなものは自分で作りますし、溶接も自分でやりますよ。今後は真鍮を使ったメニュー立てを作りたいし、おいおいは器も作りたい。

今は未完成だけど、これを続けていくことで10年後、20年後にはすごい店になると思うんです。既存のことをやってるだけだとそれ以上には行けないけど、ずっと独自のケンカスタイルを追求してるからこそ、わけのわからない世界チャンピオンになれるかもしれない。自分でもその景色が見たいから、これからもガラパゴス化を突き詰めていきます。

取材後記

取材して、この原稿を書いている今もまだSTLABの料理を食べていない。インスタグラムには美味しそうな皿の数々が並ぶ。自作のヨーグルトと地元のブルーベリーを使ったアイスキャンディ、自ら生けて乾燥させた桜で燻製したベーコン、醤油も店で発酵させた麹から作る……ほとんどクレイジーと言っていいDIYっぷり。本人的には既存の料理を再構築した“ヒップホップ”と称するが、個人的にはルーツミュージックに取り憑かれし者のジャズセッションと解釈した。さらにその裏でうごめくハニさんの脳内ファンタジー……まず前菜としてこの期待感をトコトンまで味わった上で、いよいよ明日食べに参上いたします。

Profile ハニ ユウスケ 1985年、安芸郡府中町出身。小中高と地元ですごした後、修道大学人間環境学科に進学。大学卒業後1年近くは写真を撮ったりウェブサイトを作ったりふらふらしていたが、広島市内の飲食店に入社して飲食の道へ。その後「latte art cafe Crema」(東広島市)で経験を積み、28歳のとき現在の場所に「STLAB(ストラボ)」をオープンする。STLABはSTORY、STYLE、STREETを意味する“ST”に“LABORATORY(研究所、ラボ)”の“LAB”を組み合わせた造語。当初はコーヒー専門店という位置づけだったが、現在はハニさんの生み出す創作料理が店の中心となっている。